心はマリー・アントワネット

見たいものが日本に来ない?じゃあ自分が行けばいいじゃない!

Wilcoインタビューその4 (完結)

 ウィルコは「Ode to Joy」のレコーディングを2019年の春に終え、6月上旬にはNYのラジオシティミュージックホールやシカゴシアターを含む「終わりのないツアー」へと出発した。また、すでに2020年にはいくつかのフェスでヘッドライナーを務めることと、自身のメキシコでのイベント「Sky Blue Sky」の開催も発表されている。

 

 グレン:「僕らにはソファにゆっくり座って印税を数えていられるような大ヒット曲はないから、いつもツアーをしているんだ。僕らはうまくやっているけど、それはずっとハングリーに働き続けて、街から街へ、国から国へとツアーしながらオーディエンスを味方につけてきたからなんだよ」

 

 10月の「Ode to Joy」発売に先駆けて、彼らは早急に何曲かの新曲をライブで演奏し始めていた。グレンは、新曲をライブでやれるようにアレンジしていくのは、難しいけれどやりがいがあってとても楽しかった、と語っている。

 

 グレン:「『どういう風にドラムを叩こう? サウンドエフェクトは? 異なるピッチのパーカッションを全て同時に鳴らすにはどうすれば?』と自問したのは『Yankee Hotel Foxtrot』以来だった。その答えを見つけていくのはとても楽しかった」

 

 グレンは最近NYへの旅から帰ってきたばかりだ。NYで彼は今年の頭にシカゴでのJoe Russo’s Almost Deadでのコンサートで彼をステージに引っ張り出したジョー・ルッソに再会した。グレンは普段は客席でファンとしてコンサートを楽しむのが好きでステージに飛び入り参加するのは嫌がるのだが、このコラボレーションには否応なく飛びついた。

 

 グレン:「ジョーとクリス・コルサノは世界中で一番好きなドラマーなんだ。ジョーのプレイにはいつもアイディアをもらって影響されるし打ちのめされる。だから彼がシカゴに来るときはいつも見に行くんだ。マルコ・ベネヴェントも同じくらい長い間の知り合いだし、マルコのプレイにもいつも吹っ飛ばされる。JRADのメンバーは皆化け物だよ。彼らはコルトレーンやマイルス・ディヴィスみたいなものだ。カバー曲もたくさんやるけど、それをしっかり自分のものにしている。とても高度な音楽性をもって曲を再解釈し、味付けして彼らのオリジナルにしているんだ」

 

 「Ode to Joy」はすでにここ数年のウィルコのアルバムの中で最も高い評価を得ている。何枚かの「左寄りの」アルバムから、また、実り多い「休暇」から戻ってきた6人のミュージシャンの「和」によるところが大きい。おだやかで風のような「Before Us」ですべり出し、シングル曲の「Everyone Hides」へと高く舞い上がり、ウェットな嘆きを含む「White Wooden Cross」へ、そして注意深く作られたリードトラックの「Love is Everywhere(Beware)」。このアルバムはバンドがclassic(昔ながらの)な時間を持つことで生まれたclassic album(代表作)だ。

 

 ジェフ:「バンドの皆は活動休止後、新しい使命とそれに対する感謝の気持ちを持って再び集まった。バンドとしてはウィルコにはそれまであまり「感謝の気持ち」みたいなものはなかったんだ。活動休止の直前、俺たちは疲れていたんだよ。活動再開後は皆でたくさん演奏したし、全員がこのバンドの一員であるということに深く感謝した。これはかなり「遅すぎた感謝」だったけど」

 

 グレンもジェフの言葉に勢いよく同意する。「僕はウィルコのアルバムはどれも素晴らしいしエキサイティングだと思う―そう思わずにはいられない。すべてのアルバムが大好きだ。でも「Ode to Joy」はほかのどのアルバムよりも自分に共鳴する。僕は今でもこのアルバムをよく聞いているし全然古くならない。これからもきっと何度も聞くだろう。自分たちが作ってるのにね。そして僕はちょっと待てよ、と少し後ろに下がって、引いて見てみる。だってこれからずっとこのアルバムの曲をステージで演奏するんだし、今後何年もかけて自分の中の大きな部分になるアルバムなんだから、使い尽くして燃え尽きさせてしまいたくないんだ。でもこのアルバムに関しては、今でも聞くたびに毎回新しい発見があるんだよ。『これパット? ここはネルス? この音はジョンかな? わからないよ!』って。そんな小さな発見が山ほどあるんだ」

 

 ネルスはいつもストイックな受け答えをするが、今年のSolid Sound Festivalの後にジョンが共同経営者として参画しているホテルに何人かのバンドメンバー及びその家族と一緒に滞在して数日息抜きをしたことを話すときには、楽しげな笑いをこらえることができなかった。「皆が言うんだよ。『君たち、このフェスのためにずっと一緒に働いてきたのに、フェスの後の休みのときまで一緒にいるのかい?』って」「活動休止中、全員が100%ハッピーではなかったとは思う。でも間違いなく、活動再開した時には全員がいい感じに始められたと思うんだ」

 

 彼はここ数年で築いた自身のキャリアとギタリストとして引っ張りだこの名声に誇りを持っているが、現時点では「いつでもツアーに出て、ずっとツアーしていられる」とあてにされているわけではないことはわかっている。

 

 ネルス:「ツアーに出ている間ずっと妻やうちの犬に会いたいし、うちのアパートに帰りたいと思っている。それにNYにも。でもいつも『ダウンタウン』なことばかりしてはいられない。私はそういうタイプの人間ではないんだ。NYで経済的に生き残るためにはやらなくてはならないことがたくさんありすぎて頭がおかしくなってしまう。自分はそんなにたくさんの金は稼げなかったし、ここでの生活にはとにかく金がかかるんだ。アメリカでインプロヴィゼイションの音楽をやって(私ができる数少ないことだが)ツアーをして金を稼ぐのは大変だ。音楽が私を生かしてくれて、生き続けさせてくれることは確かだが、ツアーをして十分な金を稼いで、関係者に払って、家族を養う、その基本的なことがとても疲れることなんだ。私は今までに少しばかりの作品を作ってきた。きっといつか誰かがそれを聞いてくれると思う。でもその日までの間も私は自分のために更にノンストップで音楽を作り続ける。音楽を愛しているから。これが私の人生だ」

 

 グレン:「こんな風に皆で一緒に作品を作れるのは素晴らしいことだと思う。長い間一緒にバンドをやってきた。やめようという気は全くない。僕らは常に進化しようとし続けているし、常にこれまでとは違うことに挑戦し続けている。新しい創造を続けるために。それに最近僕たちは、一緒にいられないときにもいつも周囲のすべての人たちに感謝しているんだ。奥さんや子どもたち、バンドのメンバーたちにも。僕たちは実際中年のバンドとしては貴重品と言っていいくらいうまくやっている。一緒に演奏するのが大好きだしお互いに尊敬しあっている。一緒にいると楽しくて大笑いすることもある。しばらくバンドを離れたら皆考え始めるんだ。『バンドに戻る準備はできてる、僕らがどんなことができるか見せてやる準備はできてるぞ』って」

 

 ジェフはバンドの現在の地位や長年の成果や経験について説明するときに禅問答的な言い方をする。「まるでヒーローになりたくて頑張ってるみたいな奇妙な衝動なんだ。俺たちの音楽を真剣に受け止めてほしい、本物の音楽だと思われたい、って欲求は。でも本物であろうと考え始めたら、それは本物ではなくなるのさ」

 

 そしてまたグレンも、これまでにバンドが数々のアルバムを送り出すのを見てきた。「もし今日全てが終わってしまったら、きっとものすごく落胆するだろう。だって僕らには言いたいこともやりたいことも、まだたくさんあるんだから。ジェフと一緒にスタジオに戻ったとき、ずっと考えてた。『この曲をやりたい!』って。ジェフはとてもたくさんの曲を書いてきた。そして僕たちが一緒に曲を作っていくときは、いつもとても素晴らしい気持ちなんだ。『この曲がウィルコの曲になるんだ。この曲がウィルコの曲になるんだ』って」

 

 ネルス:「私はバンドの他のメンバーよりかなり年上なんだけど、そういう意味ではいいリーダーではない。何かを起こすための行動をする、という面ではね。私は音楽や芸術的な計画を自分に課すときや自分のバンドの形を決めたりするときはちょっといいかげんなんだ。単純に、音楽はそれ自体素晴らしいと思っているからね。ウィルコの活動休止によって、ウィルコとしての美学的な見地から見た活動と自分自身の音楽とのバランスが驚くくらいに自分の中で取れていることに気づけたのはいいことだった。ゆっくり休んで心身のケアができたし、ただ音楽に集中するための休息でもあったんだ」

 

 

(この記事のオリジナル版は『Relix』2019年12月号に掲載されました)