心はマリー・アントワネット

見たいものが日本に来ない?じゃあ自分が行けばいいじゃない!

SPIN Wilco interview 2019/9/25 その1

昨年9月に発表されたWilcoのインタビューを訳しました。元記事はこちらです。

 

https://www.spin.com/featured/wilco-interview-jeff-tweedy-nels-cline-ode-to-joy/?fbclid=IwAR3ugnQhmGryN1mCuQ2_bCIqYBBLrRxLtvJtb5RQsZ5qBjknJBwWULy_7FU

 

 

もしもあなたがWilcoに細心の注意を払っているファンではなかったら、きっと彼らは何かの冗談をやっているのだと思っただろう。2015年、彼らは同時代の偉大なバンドの一つとしてすでにレガシーを勝ち取っているにもかかわらず、ジェフ・トゥイーディと彼の混乱したバンド仲間たちは9枚目のアルバムを「Star Wars」と名付け、ジャケットに家猫のキッチュなイラストを採用し、事前のプロモーションをすることもなくネットで無料配布したのだ。翌年、彼らは次のアルバムをもっとばかばかしいジャケットで出し、「Schmilco」―明らかに作曲上のヒーローへの同意(注・Nilssonのアルバム「Scmilsson」を意識している)―と名付けたが、それはWilcoと彼らのレガシーは注意深く取り扱うに値するものだ、という考えを鼻で笑うものだった。

 

この2枚のアルバムはコインの表と裏のようなものだ。1枚目は子ども時代の無限の可能性を切り開くような、調子はずれで釣り合いのとれないパワーポップ、2枚目は中年の視点から見た、過ぎ去った若かりし日々のメロウな瞑想。どちらもWilcoのカタログに加えるのにふさわしいアルバムだ。だがこの2枚を称賛しようとするなら、馬鹿げたジャケットやタイトル等のプレゼンテーションを通過したうえで実際に聞いてみなければならなかった。

 

「配当の低い賭けみたいな雰囲気を作り出してしまったことは、最近のアルバム2枚に対してはひどい仕打ちだったと思うよ」と、10月4日発売予定の11枚目のアルバム「Ode to Joy」の準備を進めている今となってはジェフも認めている。「Star Wars」同様に、アルバムの音とは全く関係のない権威ある芸術作品をほのめかすこの新譜のタイトルについて、彼にはなすすべがないように見える(注・「Ode to Joy」はベートーヴェン交響曲第九番の第二楽章「歓喜の歌」のこと)。このタイトルは以前の「Star Wars」がそうしなかったやり方で外の世界へと向かっている。この「Ode to Joy」というタイトルを、現代の私たちの時代に存在する「終わりの見えない社会の沈滞」に対してのまっすぐな反論だと解釈するのは容易であるに違いない。

 

新譜の音楽はより複雑な意味を示唆している。質感は希薄でリズムは根源的、騒々しい祝祭というよりも暗い瞑想だ。「Ode to Joy」は、Wilcoのキャリアの後半において断続的に存在してきた「爽やかで人生に対して肯定的なルーツ・ロックバンド」(彼ら自身はその印象については幾分気が進まないようだったが)というアイデンティティから、彼ら自身をはるか遠くへと牽引してきている。このアルバムの象徴的な音は、実際にスティックの木目の音まで聞こえるくらいマイクを近づけて録音され、錯覚や喪失、再生へのかすかな希望についての静かな歌に対峙して確実に鳴り響くスネアドラムのビシッと打たれた音だ。リードシングルの「Love Is Everywhere(Beware)」を駆り立てるチャイム音の後で最も印象的なギターパートはキャッチーなリフや聞かせるソロなどではなく、マカロニウェスタンのサントラの中盤でフリー・インプロヴィゼイションのように溶解していく「何か」だ。

 

この「溶解」は、最近ニューヨークで新譜と2019年のWilcoの状況についてトゥイーディにインタビューした際に同席してくれたネルス・クラインによるものだ。もしあなたが十分に長い間彼らを追いかけているならネルスは新参者だと今でも思っているかもしれないが、現時点でWilcoは彼が在籍していなかった期間よりも数年長く、彼がいるバンドとして存在している。有名なフリーのエクスペリメンタル・ギタリストだったネルスは、Wilcoがトゥイーディを中心としたまとまりのない不定形なグループから、各地を飛び回る百戦錬磨の面々が継続的に所属するバンドへと姿を変えた2000年代中盤の時期の最後にバンドに加入した。そして彼ら自身が開催する毎年のフェスティバルと(注・Solid Sound Festivalは実際には2年に1回の開催)シグネチャー・ビール(注・バンドの名前を冠したオリジナルビール。LAのクラフトビール・ブリュウワリー、LAGNITASがWilco Tango Foxtrotというビールを作っている)を持つバンドに在籍していても、 ネルスはWilcoのライトなファンを当惑させるような、Wilco以外のさまざまな繋がりで演奏し続けている。(最近行われたフリージャズの創始者でもあるアントニー・ブラクストンとの4時間に渡るコラボレーションは最高にスリリングだった。)2007年の「Sky Blue Sky」から「Ode to Joy」までの6枚のアルバムに渡って、手に取って見ることができるような豊かな表現力にあふれた彼の演奏は、バンドの音にとってトゥイーディの明敏なソングライティングとほとんど同じくらい重要であり続けた。

 

トゥイーディ、クラインと話していると、二人は互いへの信頼と称賛で強く結びついた古い友人であることがはっきりとわかる。彼らはいたずらっぽく、ユーモアがあり、まちがいなく情熱的だ。まるで現代のアンダーグラウンドなミュージシャンが熱心に支持する80年代の「サタデー・ナイト・ライブ」のキャラクターについて馬鹿げた内緒話をしているかのように。このインタビューの間ずっと、彼らはWilcoのレガシーの重さ―ほんの数年前には投げ出してしまいたいようだったが、現在では一応落ち着いた―と、がっつり取り組んでいた。当然のことながら、彼らは、今やっていることは前の時代にやっていたことの追記だという考えには強く反発している。トゥイーディは今でも、「新しいリスナーを追求したために多くの長年のファンが離れていくこととなったWilcoのニューアルバム」という考えを楽しんでいるが、長きにわたって去っていかずにいるこの長年のファンたちは彼がどんなものを差し出しても喜んで受け入れる、ということも不本意ながら認めている。

 

(以下のインタビューは長さと明確さを編集しています)

 

SPIN:長年にわたってあなた達はたくさんのライブバンド・サウンドのアルバムと、どちらかというとスタジオで構築したタイプのサウンドのアルバムを作ってきましたが、今回のアルバムは後者のカテゴリーに入ると私には思えます。この読みは当たっていますか?

 

ジェフ・トゥイーディ:「Sky Blue Sky」がバンドで「Yankee」がスタジオ、ってこと?

 

SPIN:はい。私には「Sky Blue Sky」よりも「Yankee」に近いように思えます。

 

トゥイーディ:うん、俺はその両方に片足ずつ踏み込んでいると思うね。でも確かに後者の方は俺たちが一緒に集まってやることで意味を為すんだ。俺たちは今回の長期休暇を取った後に再び集まった。最初の俺の考えでは、6週間皆で一緒に徹底的に議論しながら土台からアルバムを作り出そうと思ってたんだ。でも皆、バンドの外で積極的に活動していたから、その6週間をいつ始めるか、少しずつ遅れていってたんだ。

 

2週間もたつと、俺はアルバムを土台から作る時間がとれるかどうか考えてナーバスになり始めていた。だからグレン(・コッチェ。Wilcoのドラマー)と一緒に基礎の部分を準備し始めたんだ。言うなればそれは単なる足場作りみたいなものだったんだけど、結局はそれがアルバムそのものになった。そして全員が集まってから、そのトラックの上に演奏を重ねていった。たくさんのオーバーダビングはバンド全体でやったんだ。

 

SPIN:アルバムの多くの曲が、この確固とした、シンコペーションでもなく弱まることもない、鼓動のようなタイプのリズムの上に構築されています。最初から美学的な見地をもってそのようにしたのですか?

 

トゥイーディ:グレンと二人だけで作業していた時、俺はドラムマシーンでデモをたくさん作っていたんだ。彼はそのデモに沿って演奏していたんだけど、俺にはどうもそれが効果的に思えなくてさ、つまり、普通の人が普通にドラムセットを叩いてる、みたいな部分がね。だから彼にハッパをかけてみた。二人で一緒に、ちょっとだけ、もっと自由な突破口を開いてみないか、って。「グレン、お前は自分が有能なミュージシャンで名プレイヤーだなんて誰かに証明する必要はこれっぽっちもないだろう? たった一発、ドラムを叩くことで、俺に対して何を伝えることができる?」って。彼はこのアイディアにすごく興奮したみたいだった。実際にドラムが鳴っているような音をどうやって録音するか、ということに、より多くの焦点を当ててみたんだ。まるで罰を与えているように響くドラムヘッドをどうやって手に入れるか…?

 1、2曲そういう風にやってみた後、すべての曲の解体作業は、できるだけ原始的に、音そのものへと向かっていった。誰かに認められるための音楽的な技能のショーケースになる意識や心配など全くなかった。

 

ネルス・クライン:その作業を始めたとき、君(ジェフ)が飾り気のないむき出しの音に向かおうとしていることが私にはすぐにわかったよ。実質的にシンバルを使わない、つまり持続する音をほとんど使わないということが、数多くのダイナミックな領域を開くことになったんだ。ジェフが説明した「何かに叩かれる音」はすごく理解できたし、ときにはそれは驚くべきものだった。

 

SPIN:ネルス、そのむき出しの飾り気のなさはプレイヤーとしてのあなたにどのように作用しましたか?

 

クライン:ある種の曲では、何をすべきか発見しようと私はいつも悪戦苦闘している。私が最初に反射的に思うことはいつも堅苦しくて厳格なんだ。私は脱構築(注・破壊し解体した枠組みの中からある要素を取り出して再構築すること)へ性急に向かったりはしない。だからジェフが、私が陥りがちなたくさんのいろんな習慣を取り去って、ポジティブな提案をして舵を取るのがよくあることなんだ。それは開放的で自由だと言えると思うけれど、同時に、私がやっていることは時には多分他の人にはギターだとわからないようなとても小さい音の毛布をそっと曲にかけているようなことなんだ。私のモットーは曲のためにはどんな作業でもやることだ。指を小刻みに動かすことだけを望んでいるわけではないよ。(ギターを弾くことを)曲のために機能させたいんだ。

 

トゥイーディ:君がギターを弾くのを俺が制止して、君の能力を十分に活用していない、と責めている批評を見たことがあるよ。それは当たっていないと思うね。そういう、表現力に富む演奏は自分のソロ活動でやってるだろ? まちがってるかもしれないけど、俺はいつも思ってるんだ。君がバンドに加入して間もない頃に感じたんだけど、君がWilcoのレコーディングに参加するときに本当に好んでいるのは繊細できめ細やかなやり方なんだ、と。

 

クライン:まさにそれが私の好きなことだよ。私は曲が生まれてくる過程が好きなんだ。曲が生まれて、それから出来上がるのが好きで、その過程が好ましく響くんだ。それは、私が曲に対してどんなアプローチをしたかで私の曲への貢献が自動的にわかる、という意味ではないよ。

 

SPIN:「We Were Lucky」はたぶん唯一の「OK、これがネルス・クラインのギターだ」という感じの曲ですね。

 

トゥイーディ:これは一番最後に書いた曲で、つまりこのアルバムにどうしてもカタストロフが欲しかったからなんだ。アルバム一枚を通して演奏がとても統制されていたから、俺はこの曲を…

 

クライン:少しだけクレイジーにしたかった。

 

トゥイーディ:そう、一斉射撃してるみたいにね。なにか狂気じみた感じに。それに、俺はネルス・クラインが曲を「ズタズタに切り刻む」(注・原文ではジェフは「shred」と言っています。シュレッダーのshred。うまく訳せなかったのですが、紙をシュレッダーにかけたときの、がーっと騒々しい音がして粉々になる感じかと思われます)のを聞きたかったのさ。

 

SPIN:誰が「ズタズタに切り刻んでない」んですか?

 

クライン:私だよ。いつもはね。私はこのアルバムのあのパートを楽しんでいるけど、自分の音楽をやるときは「ソロ」というものには懐疑的なんだ。ジャズと呼ばれる音楽では重要なことだけどね。ときどきスプロケッツのディーターみたいな気分になるよ。(わざとらしいドイツ語で)「おまえの話は退屈だ! 俺の猿にキスしろ!」(注・スプロケッツはアメリカのテレビ番組「サタデー・ナイト・ライブ」でコメディアンのマイク・マイヤーズが持っていたコーナー。架空の西ドイツのテレビトークショーのパロディ、という設定だった)

 

トゥイーディ:それは文化の盗用だな。怒る人もいるよ。

 

クライン:うん、慎重にならなくちゃね。申し訳ない。

 

トゥイーディ:ドイツ人ってのはたぶんその件について心配しなきゃならない最後の国や民族だな。でも彼らはもう全部金に換えたと俺は思うけどね。

 

(続く)